
そういや、 岩浪れんじの『コーポ・ア・コーポ』を読みはじめたとき、き、怪しげな商売をしている宮地という老人が、俳優の殿山泰司にしか見えなかった。でもこれは作為的だろう。 その証拠に、宮地の行きつけの喫茶店のマスターは俳優の戸浦六宏に似ており、店の名は「渚」だ。わざわざ解説はしないが、この作者はこういう年齢不詳な遊びをしてみせるのよ。性別も見えてこない、なにやら謎めきのある新進作家だ。 本作の舞台は、おそらくゼロ年代初頭(バブル崩壊直後) 、大阪のとあるアパート。前述の宮地を含めた6名の入居者のうち、ひとりの自殺で幕が上がる。 この事件が今のところ、このマンガ唯一の事件らしい事件だというのに、住民たちは淡々と対応する。こう書くとオフビートなミステリーの導入部みたいだが、そうではなく、その後は淡々と住民の人となりが語られてゆく。 住民たちの緩衝材的存在のユリは、スカジャン姿でどこか男前な20代の女性。常に固定された無表情なスマイルが、場面ごとに諦観とも楽観とも、意味を増幅させるのがおもしろい。 もっともユリに限らず、登場人物は皆それぞれに無表情。でも、現実に戻って周囲を見渡してみたら、人間はそんなに表情があるものではないよね。無表情が異質なのは、表情過多なマンガの中だけの話だから。 平凡な人々が無表情の奥に抱えたドラマの鍵を解こうとするこのマンガのあり方は、先程は否定したけれど、ある意味ミステリーなのかもしれない。 最新刊で注目すべきは、前後編で描かれたユリの弟の半生記。冒頭、病院の面会票を記入する平凡をドラマチックに一枚絵で見せるのもなにかすごい。本編もいったいなにを読まされてんだという気になるが、幼いころに太ったとか、義母の口癖とか、パンチ弱めのエピソードの堆積がだんだん快感になってくる。 タイトルが音楽用語の 「ポコ ・ア・ポコ(徐々に)」のもじりであれば、きっとそこだ。
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