小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(実用書、漫画をのぞく)を対象に受賞作品を決定。このコーナー『サッカー本新刊レビュー』では2021年に発売されたサッカー本を随時紹介し、必読の新刊評を掲載して行きます。
『サムシングオレンジ THE ORANGE TOWN STORIES』
(ニューズ・ライン:刊)
著者:藤田雅史
定価:1650円(本体1500円+税)
頁数:252頁
スポーツは勇気や感動を与える――。
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アスリートとそれを応援する人々との関係性は、《与える人》と《受け取る人》という構図になりがちで、ともすると、スポットライトは与える側に向きやすい。それはスポーツだけではなく、芸術やビジネスといった領域でもメッセージの発信者と受信者では、どうしても発信する側に注目が集まる。私たちはそんなヒーローたちの物語を目にすることが圧倒的に多い世界を生きている。
本書『サムシングオレンジ THE ORANGE TOWN STORIES』は、サッカーを題材にしながらもサッカープレーヤーはむしろ引き立て役でしかなく、与えられる側の物語を丁寧に描く短編が十六篇収められた小説作品だ。
十六篇の物語は「日常」というにはあまりにも切実でビター。ただ、改めて考えてみると現実なんてそんなもので、ハッピーエンドは珍しく、大切な人とすれ違ったまま進んでいくのもまた人生。そんな「日常」のなかで、サッカーを何かしらの支えにして暮らす人々を描いたのが本作。受けとった勇気や感動を実際にどう生活の糧にして暮らしを送るのか。サッカー……ひいてはスポーツが発する目に見えないエネルギーの輪郭を感じさせる。
クラブチームや選手の描写はほとんどないと言っても差し支えなく、アルビレックス新潟のサポーターに向けた単なるサポーターズブックではない。自分のなかでは新潟といえばアルビレックスではなくNegiccoで、自分が暮らす街からはいささか遠い土地が新潟。この距離感が私とアルビレックス新潟との実際の距離感だが、にも関わらず、読後は新潟が、アルビレックスが身近な存在として感じられる。誤解を恐れずいうとアルビレックス新潟よりも、登場人物たちの人間ドラマに引き込まれてしまう。
与える側にスポットライトが向きがちな世界で、受け取る側のドラマを知ることでこそ、与える側も受け取るものが大いにあるのではないか。
ぜひサッカー選手にこそ読んでほしい一冊だ。
(文:石井龍)
石井龍(いしい・りゅう)
プロデューサー&マネジメント。「ZISO」のボードメンバーとしても活動。2019年1月アニメーションスタジオ「FLAT STUDIO」を設立。2021年11月12日にはloundraw監督映画「サマーゴースト」を公開した。
【了】
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