「佐伯」と書いて「さいき」と読む。そんな名前の市が大分県にあります。別府、由布院など人気の観光地が多い大分県のなかでは目立ちにくいのですが、どうしてどうして魅力がたっぷり。宮崎県との県境に位置し、リアス式海岸が続く佐伯市では海の幸が驚くほど豊かなのです。また、島の自然を感じながらトレッキングをしたり、城下町の情緒を味わいながら散策したりする楽しみも。今回は特別に許可を得て市内の造船所で船の進水式を見ることもできました。晩秋の佐伯市の旅をみなさんにご紹介しましょう。
(文・写真、宮﨑健二)
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大入島でカキの先進的養殖場を見る
朝7時半、JR博多駅から「特急にちりんシーガイア7号」に乗りました。まず鹿児島線を走り、小倉からは日豊線で海岸沿いを南下。佐伯駅までは約3時間半かかります。
着きました。佐伯市街をめぐるのは後回しにして、佐伯港から船に乗り込みました。目ざすのは大入島(おおにゅうじま)。佐伯湾に浮かぶ島です。
10分ほどで到着。とても近い島です。
海を見ると、板状のものがずらりと並んでいます。実はこれ、マガキの養殖場なのです。
この養殖場を手がける佐伯市シングルシード養殖協議会の代表、宮本新一さん(42)に船に乗せてもらい、見学をさせていただきました。
カキの養殖というと、筏(いかだ)から海中にロープなどでたくさんカキをつるしているイメージがありますよね。しかし、ここでは先進的な養殖法をとり入れて、かごの中でカキを育てています。上の写真の板状のものはポリウレタンフォームという軽い素材でできていて、かごはその下についています。その数は約6200個もあるそうです。
この養殖法だと、数日おきにかごを反転させて天日干しをすることで汚れがつかない、エイ、フグなどによる食害を防ぐことができる、泥臭さがなくなり味や身入りが良くなる、かごにカキがバラバラに入っているので収穫が簡単、生産量を増やせる、などのメリットがあるとか。従来の方法では、カキを海中から引き上げて殻の掃除をする際などにずいぶん手間がかかっていましたが、こうした重労働からも解放されたそうです。
この養殖場のマガキは「大入島オイスター」として出荷、販売されています。宮本さんのはからいで、食べさせていただきました。大きな貝を想像していたのですが、これは1年未満の成長途中のマガキで一口サイズ。風味があってとてもおいしかったです。
「大入島オイスター」は、佐伯市葛港にあるカキ小屋「新栄丸」で食べることができます。土日祝日のみの営業です。
島の人の心遣いと、自然を感じるオルレ
ところで、みなさんは「オルレ」という言葉をご存じでしょうか。韓国・済州島で始まったトレッキングのことです。特徴は海岸近くの道や山道を自然を感じながら歩くこと。九州では7県すべてに計21コースがあります。大入島もその一つなのです。
さあ、さっそく出発しよう……と、歩き出そうとしたら、「これ、飲んで!」と呼び止める声が。「ヤマモモです」。そう聞いたとたん、私の頭の中では一人連想ゲームのスイッチが入ってしまいました。なぬ、私の世代のアイドルのこと? 山口百恵。略してヤマモモ?……いかん、脳の老化が加速しているようです。女性が手にしていたのはヤマモモの実のジュースなのでした。
甘い! 年老いてくたびれた私の体もこれで元気100倍です。
島の人の案内で歩き始めました。集落の狭い道を通ると、ミカン畑に黄色い実が実っていました。
海岸に出ました。小さな湾に堤防が設けられた舟隠(ふなかくし)という場所です。
今度は山道です。落ち葉を踏みしめながら歩きます。けっこう汗をかきました。
道端にはツワブキの花が咲いていました。植物などを見ながら自分のペースで歩くのがオルレの楽しみ方の一つです。
そして、尾根にある「空の展望所」に到着しました。
オルレは1人でも気軽にできるトレッキングです。大入島のオルレのコース図は、JR佐伯駅の観光案内所で入手できます。体験する人は、民家の庭に入らない、ごみは必ず持ち帰る、などマナーを守る必要があります。
オルレの出発地点に戻りました。ありがたいことに、島の人たちがごちそうを用意してくれていました。島の人たちと食事会です。海の幸が次々に。この日の朝、島の人が釣った魚の刺身も出てきましたよ。
島の人口は今、600人ほど。将来に危機感を持つ方が少なくないようです。そんな中で、新たな方法でカキの養殖に取り組む宮本さんや、オルレで観光客を迎えようとしている人たちがいます。島のみなさんの努力や熱意を強く感じました。
佐伯藩の城下町で風情を楽しむ
翌朝、目覚めると、宿の近くにコウテイダリアが咲いていました。
島から船で佐伯市の市街地側に戻りました。
佐伯は毛利氏二万石の城下町でした。その情緒を漂わせる一帯があります。佐伯城跡のある山のふもとにある山際通りを歩きました。まず目に入ったのは櫓(やぐら)門です。
この通りには白壁が続いています。
汲心亭(きゅうしんてい)という茶室がありました。庭の紅葉がきれいです。
そして、通りを歩きながら見上げると、赤く色づいたもみじが。
私の頭の中ではまたしても一人連想ゲームのスイッチが入りました。紅葉、もみじといえば、山村紅葉。私の世代のヒロインです。ああ、サスペンスの予感。ドラマのタイトルは「佐伯藩城下町 &トラベルミステリー」……。と、私の連想ゲームはさておき、とても気持ちのよい散策でした。
豊後二見ケ浦の夫婦岩
佐伯市の海の風景も紹介しておきましょう。市の北部にある豊後二見ケ浦です。夫婦岩に大しめ縄が張られているのですが、残念ながら台風で無残な姿に。
しかし、みなさん、写真をしっかり見てください。縄は切れずに辛うじてつながっていますよね。夫があんなことをしでかしたあの芸能人夫婦、彼氏がとんでもないことをやらかしてしまったあの芸能人カップル……。男女の仲にはさまざまな局面がありますが、たとえどんなことがあってもつながっていることが大事。そう教えてくれているみたいではありませんか。
大しめ縄は毎年12月に張り替えられています。
進水式を特別に見学
さて、佐伯市には太平洋戦争前の1934年に海軍航空隊が置かれました。佐伯は海軍の街となったのです。戦後、その海軍の跡地には工場や造船所ができました。その造船所の一つ、三浦造船所で船の進水式を特別に見学させていただけるというので、足を運びました。
会場には紅白の幕が張られ、地元の小学生たちも見学に来ていました。日本文理大学附属高校吹奏楽部のみなさんが力強い演奏を披露して盛り上げています。おお、私の世代の愛唱歌も。「学園天国」です。いえ、小泉今日子ではなく、フィンガー5の。
進水式を見るのは初めてです。わくわく。式が始まる前に船に近づいてみました。約500トンの貨物船です。大きな船を下から見上げる機会はなかなかありません。迫力がありました。
「センシュダンの入場です」というアナウンスがありました。選手団? いえいえ、これは私の空耳のスイッチが入ったせいで、正しくは船主団でした。船主さん、荷主さんら関係者のことです。
進水式は船主さんらが主役なので、見学者は静かに見守り、マナーを守らなければなりません。式はおごそかに執り行われました。
そして、ついに、進水の時がきました。同校吹奏楽部が奏でる「宇宙戦艦ヤマト」のテーマが高らかに鳴り響いて、雰囲気は最高潮に。万国旗がたなびき、くす玉が割られます。「みやふさ」と命名された船はゆっくりとすべるように海に向かって進んでいきました。
進水式が終わると、退場する船主さんらに、小学生と高校生から大きな拍手が起きました。そして船主さんらも丁寧に頭を下げていました。船の完成を地域の人が見守る中で祝う進水式はとてもいいものだなあ、と感じました。
佐伯市ではふだんは三浦造船所など造船3社が進水式を一般公開しています。ただ、現在は新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、残念ながらとりやめています。再開される日が早く来るといいですね。
漁師町・蒲江と、海の幸
タクシーで海岸線の道を南下して、蒲江(かまえ)という地域に入りました。古くからの漁師町です。蒲江の海はこんな景色です。あまりに波が静かなのでびっくりしてしまいました。
複雑に入り組んだリアス式海岸が続く海域は豊後水道で、絶好の漁場となっています。佐伯市では、年間で実に約350種類もの魚介類が水揚げされるそうです。車から釣り人をたくさん見かけたのも納得がいきました。
さあ、ここからはその海の幸をドドドーンと紹介していきますよ。
地元の人に案内してもらって昼食をとることにしました。
ここで、私の頭の中では妄想スイッチが入りました。蒲江は漁師の町。ならば行き先は、はごろもフーズのCMに出てくる「シーチキン食堂」みたいな店だぞ、きっと。そう、宮﨑あおいが笑顔で迎えてくれて……。
いえいえ、こんな立派な建物の店に到着しました。「海鮮の宿 まつ浦」です。
ここで昼食に食べたのは海鮮丼。見るからに豪華です。
刺身をおかずにして食べるのもよし、ごはんの上に載せて海鮮丼として食べるのもよし。刺し身はどれも新鮮で、プリプリしています。絶品! 佐伯の海の恵みを満喫しました。
驚いたのは、この海鮮丼の値段です。「このボリューム、このおいしさで、なんと税込み980円!」。ジャパネットたかた創業者の高田明さんみたいに声がひっくり返りました。
この海鮮丼は大人気だそうです。ただ、日によっては店が貸し切りのこともあるので、事前に問い合わせをしたほうがよさそうです。
シャリを覆い隠すネタ 亀八寿司
さて、これほど海の幸に恵まれた佐伯市ですから、もちろん寿司(すし)も名物。佐伯市役所から5分ほど歩いたところにある亀八寿司で食べた、おまかせ寿司をご紹介しましょう。佐伯の寿司の特徴は、とにかくネタがでかいこと。ネタがシャリを覆いつくして見えないのです。タイ、イカ、エビ、ウニ……。ぜいたくすぎます。口を大きく開いてパクリ。うまかあ。
あの銘酒の酒かすをエサに! ブランド魚「美人鰤」
佐伯市では魚の養殖も盛んです。その一つで、ブランド魚になっているのが「美人鰤(ぶり)」。名前の由来は、山口県の日本酒「東洋美人」の酒かすをえさに混ぜているからです。「道の駅かまえ」で刺し身を試食させていただきました。
脂がのっていて、甘みを感じました。11月から3月にかけて出荷されますから、今がシーズンです。「道の駅かまえ」で食べてみたい人は、事前に予約をしてほしいとのことでした。
すっかり満腹になって、佐伯市の旅を終えることになりました。帰りに寄った「かまえインターパーク 海(あま)べの市」でおみやげに買ったのは、ご当地食品の「孔雀(くじゃく)」。ゆで卵を色付きの魚のすり身で包んで、蒸して揚げたものです。おにぎりくらいの大きさで、色がとてもきれいです。
クジャクといえば、羽を大きく広げますよね。私は佐伯の旅でおおいに羽を伸ばしたのでした。
合同会社新栄丸
www.shinei-maru.com
海鮮の宿 まつ浦
matsuura-kaisen.com
道の駅かまえ
buri.fish
かまえインターパーク 海べの市
kamae-amabe.com/access/
佐伯市観光協会
saiki-kankou.com
PROFILE
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「あの街の素顔」ライター陣
こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、江澤香織、高松平藏、松田朝子、宮﨑健二、井川洋一、草深早希
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宮﨑健二
旅ライター。1958年、福岡市生まれ。朝日新聞社入社後、主に学芸部、文化部で記者として働き、2016年に退社。その後はアウェイでのサッカー観戦と温泉の旅に明け暮れる。
からの記事と詳細 ( ネタでシャリが見えない寿司! 海の幸と城下町風情 大分県佐伯市 - 朝日新聞デジタル )
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