2022年下半期(7月〜12月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。家計・節約部門の第4位は――。(初公開日:2022年11月3日)
年金 は何歳でもらうのが一番トクなのか。社労士の増田豊さんは「75歳から繰り下げ受給すると、年金額は約2倍になるが、平均余命を考えると、総額では損をしてしまうこともある。『プラス12年の法則』を踏まえて検討してほしい」という――。
※本稿は、増田豊『結局、年金は何歳でもらうのが一番トクなのか』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/shapecharge
75歳に繰り下げると1.84倍に増額されるが……(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/shapecharge
■年金額が約2倍に増える「75歳への繰り下げ」
「年金、何歳から受け取り始めるのがよいのでしょうか」
こう私に尋ねてきたのは、Aさんです。
Aさんは64歳。60歳で勤め上げた会社の定年は迎え、いまは再雇用で働いています。
これまでは、ただ漠然と「65歳になったら年金を受け取って、『できる範囲』でのんびり暮らしていこう」と考えていたそうです。
2022年4月の年金大改正で、受け取り開始年齢を75歳まで先送りできるようになり、受け取り開始の年齢が気になりだしたそうです。
最近、友人や知人の中にも「70歳でも80歳でも、働けるうちは働く」という人が増え、受給開始の時期をもっと後にしてもいいのではと考え始めたそうです。
もうひとつ、Aさんが気にしていることがありました。
今回の年金大改正によって受給開始の年齢を75歳まで繰り下げると、受け取れる年金額が84%も増額。つまり「2倍近くに増える」のです。
Aさんの質問に対して私の回答は、「まずは70歳への繰り下げを検討してください」でした。
75歳まで繰り下げると年金は1.84倍に増額されますが、75歳ではなく70歳からの受給をおすすめしたのです。
なぜでしょうか。それは、平均余命(平均寿命)を考えた結果です。
■年金の総額を左右する「平均余命」
年金の総額をもっとも多くするため、自分が何歳まで生きるかがはっきりわかっていれば、悩む必要はありません。
仮に「80歳が自分の寿命」と決めてみると、60歳からの「繰り上げ受給」で20年間、年金を受け取り続けたほうが、65歳や70歳から受け取るより、年金総額が大きくなることがわかります。
とはいえ、「自分が何歳まで生きるか」は、誰にもわかりません。
そこで、まずは平均余命で考えてみます。
平均余命とは、ある年齢の人が「あと何年、生きることができるのか」という期待値です。厚生労働省が公表している簡易生命表で、例えば、「現在、55歳の人の平均余命は男性で28.58年」、つまり、「いま、55歳の男性なら平均的にはあと約29年間、84歳になるまでは生きられるだろう」というように知ることができます。
出所=『結局、年金は何歳でもらうのが一番トクなのか』
「図表1」で示した簡易生命表(令和2年)によると、64歳のAさんは平均的にはおおよそ85歳までは生きられるということになります。
ちなみに、0歳の人の平均余命が、いわゆる「平均寿命」で、簡易生命表では男性が81.64歳、女性が87.74歳です。
■総額で約240万円もの差がつく
この平均余命(平均寿命)をもとにAさんが受け取る年金額を計算してみると、図表2のようになります。ここでは、厚生労働省の「令和4年度の年金額改定」にもとづいて、標準世帯の毎月の年金額を約22万円、そのうち、夫が受け取る年金額を老齢基礎年金が約6万5000円、老齢厚生年金が約9万円で合わせて約15万5000円として計算します。
出所=『結局、年金は何歳でもらうのが一番トクなのか』
70歳に繰り下げて受け取ると、85歳までに受け取る年金の総額をもっとも多くできることがわかります。
65歳から受け取り開始した場合と比べ、総額で約240万円、多く受け取ることができます。
これらのことから、Aさんには、「まずは70歳への繰り下げを検討してください」とお話ししました。
もちろん、65歳、70歳、75歳と5歳単位でなく、69歳とか71歳から受け取ることもできます(1カ月単位で可能)。
しかし、70歳より前に受け取りを開始すれば、当然のことながら、年金月額は少なくなってしまいます。
■最適な受給開始年齢がわかる「プラス12年の法則」
平均余命まで生きると仮定すると、Aさんは70歳から受給をするのがベターな選択だとわかりました。
しかし、平均余命より前に亡くなってしまうことも、平均余命を超えて生きることも、もちろんありえます。
平均余命は、「あと何年、生きることができるのか」という期待値なので、現在の年齢によって違ってきます。
人それぞれ事情が異なるので、常に70歳からの繰り下げ受給がお得というわけではありません。
そこで覚えておいていただきたいのが「プラス12年の法則」です。
写真=iStock.com/whyframestudio
「プラス12年の法則」で年金がお得に(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/whyframestudio
これは、年金の受給開始を65歳より後ろに繰り下げた場合、「受け取り開始の年齢に約12年プラスした年齢になったとき」に「65歳から受給開始した場合の総額に追いつく」ということです。
厳密には「11歳10カ月後」に追いつくことになりますが、わかりやすく約12年としました。
この「プラス12年の法則」で考えると、68歳から受給を開始したら、「68歳+12年=80歳」のときに、65歳から受給開始した場合の年金総額に追いつくことになります。
70歳から受給開始した場合は82歳で、73歳から受給開始した場合なら85歳のときに、65歳から受給開始した場合の総額に追いつくのです(税金・社会保険料は勘案せず)。
このことを一覧表で示すと図表3のようになります。
出所=『結局、年金は何歳でもらうのが一番トクなのか』
ここではわかりやすく示すため、65歳から受給開始した場合の年金額を「年額100万円」として計算しています。
繰り下げ受給しても、65歳から受け取る場合の年金総額を超えられないなら、繰り下げる意味はなく、65歳から受け取るほうがいいでしょう。
■年金総額の損益分岐点を考える
「プラス12年の法則」によって、年金受給の損益分岐点も見えてきます。
そのことをわかりやすくご説明するために、グラフ(図表4)で示しました。
出所=『結局、年金は何歳でもらうのが一番トクなのか』
グラフはそれぞれ、65歳、70歳、75歳で受給開始した場合の年金受給総額を示しています。
ここでも厚生労働省の「令和4年度の年金額改定」にもとづいて、標準世帯の毎月の年金額を月額約22万円、そのうち、夫が受け取る年金額を老齢基礎年金が6万5000円、老齢厚生年金が9万円で合わせて15万5000円として計算しています。
これによって、損益分岐点が見えてくるはずです。
?70歳から受給開始した人が「65歳から受給していた人」に追いつくのは
→81歳10カ月(約12年後:プラス12年の法則)
?75歳から受給開始した人が「65歳から受給していた人」に追いつくのは
→86歳10カ月(約12年後:プラス12年の法則)
?75歳から受給開始した人が「70歳から受給開始した人」に追いつくのは
→91歳のとき(約16年かかる)
受給開始年齢別の損益分岐点を考えることで、いつから年金を受け取るべきかがわかるのです。
■年金総額が最大になるタイミングはいつなのか
ここまでは、あくまで「65歳から年金を受け取り始めた場合の総額」と比べて、損益分岐点を考えています。
もう一度、「図表3」を見てください。70歳から受給を開始した場合、「65歳から年金を受け取り始めた場合の総額」は、たしかに82歳で追いつくのですが、68歳から受給を開始した人の総額には達していないことがわかります。
逆に、70歳から受給開始した人が、68歳から受給開始した人の総額に追いつくのは、85歳です。
増田豊『結局、年金は何歳でもらうのが一番トクなのか』(青春出版社)
つまり、70歳受給開始の場合の損益分岐点は「82歳ではなく、85歳にずれる」ということになります。
話がややこしくなってきましたので、一覧表(図表5)に整理しました。
「図表3」と同じく、65歳から年金受給した場合の年金額を「年額100万円」として計算しています。
65歳から受給開始した人は、78歳になると、66歳から受給開始した人に総額で追いつかれます。
このことは年齢がずれるごとに繰り返されます。
年金の受給開始を1年遅らせるごとに、受け取る年金の総額がもっとも多くなるタイミングが、後ろにずれていきます。
つまり、「70歳からの繰り下げ受給をおすすめする」とはいえ、「あくまで指標のひとつ」なのです。
出所=『結局、年金は何歳でもらうのが一番トクなのか』
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増田 豊 (ますだ・ゆたか)
増田社会保険労務士事務所所長
社会保険労務士、2級ファイナンシャルプランニング技能士。1968年島根県隠岐の島生まれ。91年に慶應義塾大学商学部を卒業後、全日本空輸株式会社(ANA)に入社。2001年から2年間、東京商工会議所産業政策部に出向し、年金制度改革などの政策提言活動に関わる。21年にANAを早期退職し、同年9月に増田社会保険労務士事務所を開業。年金相談や企業の人事制度構築、人材研修などに携わっている。
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(増田社会保険労務士事務所所長 増田 豊)
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